そだ、京都行こう。気張らず行ける旅のすゝめ 【旅する惑星】

どうもまいど。

こぶたやさんやいびーん。

 

今回も旅の記事でござる。

 

思いつきで、京都

今回は月曜、火曜の一泊二日で京都に行ってきた。

なんでまた突然京都に。。。って思うけどw

今回は人と話している中で思いついたから早速行ってみた。。。ぐらいのノリ。

 

案外低い、旅のハードル。

このブログでは何度か旅記事の中で書いてるんだけども。

「旅」って言うとなんかものすごく非日常なことで

ゴールデンウイークとか、まとまった休みが無いといけない。。。と思ってしまいがち。

 

たしかに、そういうのも旅の一つではあるけれど。

たとえば日帰りで同じ県内の公園や見どころに行くのも旅の一つ言えなくもない。

考えようによっちゃ、チャリンコで隣町のイオンに行くのだって旅だ。

 

だからもっと旅って身近で気軽に考えルと面白いんじゃないかなぁ。。。と思う。

何も自らハードル上げることもない。

 

 

旅にはお金がかかる。。。という「誤解」。

確かにお金を一銭もかけずして旅に出るのは難しいかもしれない。

 

交通費、宿泊費、食費。。。人が動けばそれなりにお金はかかる。

旅をする以上、これは避けては通れない事実。

 

大抵の人が旅をためらう理由は、まとまった時間の確保とともにこの「旅の予算」の部分が大きいんじゃないかと思う。

 

 

ただ、この問題も考え方ややり方次第ではうまくアレンジできる。

たとえばLCCを使うとか、安い宿を探すなども手段だし。

マイレージやクレジットカードの特典を使う。。。という方法もある。

ANAとかJALのカードでもよし

たとえば普段の公共料金なんかの支払いをそのカードにしておけば、いずれ溜まったポイントで飛行機のチケットと交換できたりする。

 

この話はまたいつか書くけど。

旅が好きな人はそういったカードの使い方もあるよ。。。っていうお話。

 

旅のスタイルは様々なので、予算も無理をせず、その時の自分に合った範囲でできる旅をすればいいんだと思う。

 

そう考えていくと、旅をすること。。。ってやっぱり案外身近にできることかもしれない。

 

まずは「移動手段」を選ぼう。

一泊二日で京都。。。というテーマなら旅初心者でも行きやすいと思って試しにやってみた今回の企画。

 

まず

東京から京都までの移動手段を選ぶ事から始めよう。

 

鉄道でいうと

・青春18きっぷを使って行く

→交通費は抑えられるが、時間がかかるというデメリットがある

・新幹線に乗っていく

→多分王道。ただし、金額も往復すると3万ぐらいになる。

 

この他に、関空まで飛行機で飛んでから電車で行く方法や、自力で運転していく方法など。。。移動の選択肢は無限にあるだろうから各自が好きな方法を選べばいいと思う。

 

 

 

ここで大切なのは、移動手段にさける予算と自分の旅の目的のバランス。

 

たとえば翌日朝イチからミーティングだから。。。という人に格安深夜バスはあまりいい選択だとは思わないし
予算が限られているバックパッキングに往復新幹線では、交通費の占める割合が高すぎる。

 

だからそのへんはそれぞれの目的、求めるもので選べばいいと思う。

体力にしろ金銭にしろ

いずれも無理がかかっては旅そのものが面白くなくなって本末転倒だ。

 

 

てことで

行き先を決めたら、まずはそこまでどうやって行くのか方法を探ろう。

徹底的にリサーチ&比較して。

 

 

京都なら、バス移動がおすすめ。

そんな徹底した(布団の中でiPhoneをいじるだけという)リサーチの結果。

バスで行くという手段を今回はチョイス。

東京〜京都間は一日に無数のバスがひっきりなしに出ている王道路線。

文字通り、よりどりみどりである。

 

 

まず、よくあるのが2000円台で行ける、夜行バス。
これなら往復しても5000円ぐらいで済むので、旅の予算はぐっと現実的。

夜行バスだと、夜の10時ぐらいに東京を出て朝方関西着。。。という流れなので、仕事はけたらそのまま行って、次の日昼間の時間をフルに観光に使うこともできる。

そのまま観光して、同じ日の夜行バスで帰ってくれば宿に泊まる必要もないので、究極に言えば往復のバス代だけで京都観光ができるという考え方もなくはない。(体力はいりますけどねw)

。。。まぁそれは極端な例だけど。

 

 

今回みたく、行き先が京都あたりだと需要が多いのでバスの選択肢は無限にある。

 

例えば

今回使ったJRバスの昼間の路線

 

これだとのんびり昼過ぎに新宿を出て、飲み始める時間ぐらいに京都に到着する感じ。

昼間に移動時間を取るのはもったいない気もしなくはないけど、昼間の景色を見ながら移動するのも旅の楽しみの一つ。

それと、現地についてから一泊すると、バス旅の疲労も取れて翌日の観光がより充実するというのも昼移動ならではのポイントかと思う。

 

JRバスにしたのは、たまたまそのときに空いていたのと、当日選択できたバス各社のなかで予算的に一番やすかったから。

他社でも何本か昼バスは運行しているようなので、そのへんは比較サイトなどで自分の予算と時間とスタイルに合ったものを選べばいいと思う。

 

高速バスネット

 

 

ちなみに今回のJRバスは片道5000円しなかった。

席も3列シートで独立してるし、足元も広いし、Wi-Fiも充電ソケットもあるから便利(今どきどのバスにも付いてるけどね)。

 

コスパも高く、昼間移動できる人にはおすすめしたい移動手段の一つ。

 

こうやってちょっと視野を広げてアレンジすると、旅もぐっと現実的になってくる。

 

格安旅の宿の選び方。比較サイトをうまく使おう。

京都で宿泊したのは、いわゆるドミトリーと言われるスタイルの宿。

 

これは一つのフロアに何個か部屋があり。

部屋の中にはそれぞれカーテンで区切られた二段ベッドが何個かあるというもの。

カーテンで区切られた部分だけがいわゆる自分のスペース(個室)。

フロアごとに男女別になっていたりするから、男性と同じ空間に泊まるのはやっぱ抵抗がある(さすがにぼくだって抵抗あるw)人でも大丈夫。

トイレ、シャワーは各フロアに何箇所かあって、あいていれば使えるというシステム。

なんというか、合宿所のようなスタイル。

これだと一泊1000円程度で探せるところもあるので、泊まるというだけが目的ならこれで十分。

 

今回は本当にとりあえず体を伸ばして平らに寝れる場所があればいいと思っていたのでドミを選んだけど。

他にもカプセルホテルから高級なホテルまで選択肢は様々。

だから、バスと同様比較サイトなんかを使って自分の気に入ったところを選べばいいと思う。

 

参考までに

 

エクスペディア

 

トリバゴ

 

トリップアドバイザー

 

airbnb

 

など、宿の比較&予約ができるサイトは無数にあるので、自分にマッチしたものを探すのは容易。

何度か使ってポイントが貯まるとその分を宿泊代金に使えたりもできるので、そんなに旅することないよ。。。ってひとでも何かに登録だけしといても損はないと思う。

 

宿選びの「落とし穴」とポイント。

ただ

宿選びにもポイントがないわけじゃない。

 

バスと一緒で、安いには安いなりの理由がある。

 

例えば、宿自体が交通機関やメインの街から遠い。。。という理由。

 

こういうところを選んでしまうと、駅やバス停に到着後に宿までタクシーしか移動手段がないとか。

食事をしたくても近くにコンビニもないとか。。。極端かもしれないけど事実そういうところもある。

 

値段だけを見てそんなとこを選んでしまった場合。

結局宿まで行くタクシー代がかかってしまって、あと数千円上乗せして駅前のホテルに泊まったほうがトータルでやすかったな。。。なんてことにもなりかねない。

それに、安いからと選んだ早朝や深夜のバスが仇になり、タクシーが割増料金とか、そもそもその時間はタクシーがいなくて移動ができない。。ということにもなりかねない(全部実体験w)

それだともう宿泊費が安いことがメリットではなくデメリットだらけになってしまう。

 

だから宿を選ぶ際には、まずその宿の場所を把握しておこう。

 

宿から自分が行きたいところ、バス停や駅などにはアクセスしやすいか。。。など。

ざっくりとでいいから予約の前に見ておくことがおすすめ。

比較サイトで宿のマップは表示できるし

グーグルマップに気になる宿の名前を入力すれば、だいたいの周辺環境もわかる。

 

 

。。。まぁ、極論すればその不便さや失敗も旅の楽しみかも知んないけどね。

 

 

 

あとは、部屋や施設の内容。

これはみんな気になるから見ると思うけど。

安いとこは汚いとか、臭いとか。。。結構未だによくある話。

流石に京都ほどの大観光地だと、安くてもきれいなところばかりだけど。

 

ちょっと田舎の温泉地とか、かつて流行ったであろうペンションとかはこの「安かろう悪かろう」の組み合わせが多かったと思う。経験上。

 

 

確かに、紹介ページの写真なんかは新築当時のものを使ってたりもするから予約の段階でそこまで知るのは簡単じゃない。

 

そんなとき、一つの目安として「レビュー」は使える。

 

実際に泊まったお客さんの声なので、いいことも悪いこともそのまま書いてある。

 

だから、宿を探すポイントとして「レビュー」は思いの外参考になるのだ。

それを読んだ上で、予約をクリックしても遅くはない。

 

やっぱり誰でも予算は大事だから、どうしても安さばかりに目を奪われてしまうけど。

こういったポイントも合わせて考えてあげると旅がより楽しく、快適なものになると思う。

 

 

要はコスパの問題。

限られた予算をどう割り振りするのかも旅の楽しみの一つ。

難しく考えず、まずは自分に合うか合わないか。

その上で予算にあったものを。。。という絞り方をしていけばきっと内容もお値段も納得の行く宿に出会えると思う。

 

 

幸い京都は駅や観光スポットの近くに宿がたくさんありすぎるので、この点で困ることはほぼほぼなかった。

 

 

まとめと、今回のバジェット。

今回のテーマ「思いついたら、京都」。

思いついた当日の予約でどこまで楽しめるか。。。というのをポイントに、宿と移動手段の確保にチャレンジしてみたこの企画。

 

幸い、行き先が京都という一大観光スポットだったので旅に必要な荷台要素、宿と移動手段の確保は思いの外あっけなくできた。

 

高速バスも、安いものから順に埋まっていく傾向にあるけど、昼移動のバスも視野に入れればより選択肢も広がるし、好みや予算によっては新幹線などを入れることもできる。

 

宿にしても、先ほど挙げた「場所」と「施設の清潔さ」の問題はあるとはいえ、これも予約の段階で比較サイトなどを通じて調べることはできる。

 

これは京都に限らずどこに行く場合も共通したことだと思う。

 

 

今の時代、旅の選択から予約まで全部ネットでできる。

そう考えると、旅することってもっと軽くて身近なことなんじゃないかなぁ。。。と思う。

 

そしてなにより

たとえ一日でも半日でも

実際にそこに行ってみて、自分の足で歩いて目で見てくる。。。というのは行動してみないと得られない貴重な体験なのだ。

 

これに尽きる。

 

 

 

だから旅が好きなんだと思う。

 

今回の旅のバジェット

 

高速バス        片道4900円 X 往復=9800円

宿(ドミトリー)一泊             1870円

現地での交通費(ICカードにチャージ) 2000円

食費(1日目夕食、二日目昼食、他)    2470円

お土産、御札など              2440円


合計                 18580円

 

ICカードのチャージなので厳密には現地での交通費はこれより全然安いと思う。
ただ単に、券売機のチャージの選択肢が1,000円刻みなのでこうなったというだけ。

京都の電車代は都内より遥かに安いので、実際にはこの半分程度かもしれない。

食費の内容は、初日は宿チカの食堂、二日目はどこにでもありそうなラーメン屋さんとその他コンビニやサービスエリアで買った水やコーヒーなどをひっくるめての値段。

 

お土産と御札はそのまんまの内容。

 

この辺の、人によって変わりそうな内容を外して、純粋に東京から京都までの移動のお金と宿のお金だけなら12000円ほど。

全額合わせても2万円未満で一泊二日、京都の旅が楽しめるのだからやっぱり旅のハードルはみんなが思ってるよりも低いんだと思う。

 

どう?

わりかし現実的になってきたでしょ?旅が。

 

思い立ったらクリック!

案ずるより産むが易し。

旅は多くの学びと気付き、そして出会いもくれる。

京都御所が閉まっているのはなんでなんだ?

と突然フランス人夫婦に声をかけられたこの日。

 

家にこもってたらフランス人と話すことなんてまずないからなw

 

そういう非日常なことが楽しいんだ。旅って。

 

だからやめられない。

 

おまけ。

予約から読書まで
今や旅に欠かせないiPhoneやiPadとともに絶対欠かせないのがこれ

これさえあれば、バスの中でも充電できるので心置きなく撮影も読書もできるよ。
しかも片側ずつ2.1Aは確実に流れるので、バスの充電器でも問題なく充電できて心配いらず。

手のひらサイズの強い味方。

 

 

 

にふぇーでーびたん。

旅Tube,作りたいなぁ。。。とか。

まいどどーも。

自動車。。。飽きたので、旅だw

車作業の投稿にも飽きたっていうか。

 

そもそも車作業が飽きてしまったのでw

家でこないだのバックパック旅のYouTube作ってました。

 

なんとなく。。。バックパッキングで来てくださる外国の方向けを意識してみました。

 

このブログの「旅する惑星」シリーズのように気ままに足二本とお財布一個でふらつくような。。。そんな旅の提案をしてみたくて。

 

療養中。

実は今週は自宅療養中。

年だよねぇ。。。まったく。

 

よんまるの作業は一向に進んでいないので夏またぐんじゃないでしょうかww

 

ま、いっか。

 

最近夢中なもの。

アフリカーンス語に興味津々。

 

ちょっと前に南部アフリカの歴史動画見てたら、喋ってる言葉が英語とはだいぶ違ってそれが結構おどろきだったんだよね。

で、調べたらアフリカーンス語が公用語だって。。。

 

聴いた感じ、英語にドイツ語とかオランダ語混ぜたような感じだなぁ。。と。

 

面白いので今日は朝からかじりつきで見てますが、さっそくついていけてませんw

 

 

 

夢中になれるものが見つかってよかたです。

 

 

 

 

じゃ、またね。

カート・コバーンとか 「自死」について。

いきなり今日はずいぶんと重たい内容です。

 

カート・コバーンで引っかかって来られた方。
NIRVANAの話やカート・コバーン自身の話はほとんど出てきません。
すみません。

 

ただ、タイトルがいきなり自死についてじゃあ重いから。。。っていう理由と、個人的になんとなく印象的な最期を迎えた方だったので引用させていただいたまでです。

 

でもせっかくだからNIRVANA。

 

いきなり自死というテーマに触れるのも勇気がいるので。。。

NIRVANAについて。

ご存じない方はこちら

 

この曲なら知らない人でも一回ぐらいは聴いたことがあると思います。

英語何言ってっかわかんねー、でもかっくいー

ぐらいの気持ちで聞いて育った人も多いんじゃないでせうか。

 

。。。ぼくもそうでしたけど

 

多感な時期にこういう音楽に触れて、そして彼の死を知るっていうことは思いの外強烈なインパクトを人生に残します。

 

壮絶な、カート・コバーンの一生。

なぜかミュージシャンって壮絶な人生の人多いですよね。

彼に限らず。

不遇な子供時代とドラッグとメチャクチャな人間関係。。。

 

まぁそれがロックだぜ、っていう人もいるかも知れませんけど。

一般的と言われる、世の中の多くの人のもつ価値観からはとんでもなくずれてますよね。

 

カート・コバーン自身もそんな波乱な一生を激しい自己表現とともに走り抜けた人です。

突っ走った挙げ句に自ら鉄砲くわえて命をたってしまう。。。という結末は誰も真似できるものでもないし、受け入れがたいものではありますが。

でもだれもそんな生き方を非難することはできないよなぁ。。。とも思います。

結局、この人の最後の気持ちなんてこの人にしかわかりません。

たとえドラッグが誘発した結果だったとしても、そこに至るまでの気持ちはやっぱ本人しか知りえないことです。

 

だからそれに対しては否定も肯定もできないな。。。と思っています。

 

 

唯一できるのは、ただあるがままそれを現実として受け止める、ということでしょうか。

 

誰でも人は死ぬ。

 

人の死、というのはあまりに重いテーマなのでタブー視されがちですが

人間生きている以上一度は死にます。

それが病気であれ事故であれ、はたまた自然死であれ自死であれ。

誰もが通る道。

 

だからこそ、逆にもっと自死について真剣に色んな角度から考えてみることも必要なんじゃないか。。。。と思ったのでこんな記事を書いてる次第です。

 

「自死」は権利なのか罪なのか。

「自死」

いわゆる自ら命を立つことについては今日までいろんな議論がかわされています。

たとえば「安楽死」についての議論から一般的な自殺まで。

 

日本ではあまり実感ないかもしれませんが、キリスト教などの宗教的な感覚が人々の感覚にしみついている国などでは自死は罪(法的な物というよりも宗教的な意味において)であると考えられてることが多いです。

聖書的には自ら命を断てば地獄行きです。。。(それもひでぇ話ですが)

もちろん、それ以外にも残された人が悲しむなど、感情的な問題などから自死は「良くないもの」とされるのが一般的だと思います。

 

余談ですが

日本独特だなぁ。。。といつも思うのは「責任を取る」といって自死を選ばれる方がかつては多かった。。。ということです。

これは切腹とかそういう過去の風習に端を発するのかもしれません。

ただ、これに対してぼく的にはむしろ自分が死んじまったら責任取れねーんじゃねーのか?
。。。と思ったりもします。

まぁ、己の命を差し出すほどことを重大に捉えていますよ、っていう意味なのかもしれませんけどね。

責任を取るならむしろ生きて社会奉仕活動でもしたほうが意味があるんじゃないのかなぁ。。。と個人的には思います。

 

でもそれも本人のその時の気持ちにならないとわからないことですから、ジャッジはできないですね。

 

 

 

一方で

いわゆる安楽死など、自ら命を終わらせることを一つの「命の選択」とする考え方もあります。

 

人の尊厳とか、医療の役割とか。。。話が無限に広がるので今はこのテーマには触れないでおきますが。

これもとても難しい話で。。。一夜にして結論が出るものでもないですし、安易にここでその正否を論ずることもできない規模の話です。

 

やはり、人と死の問題は人生の不可避なテーマであるが故に簡単に答えは出ないのだと思います。

 

ただ、そういった議論はあらゆる人生の可能性を探る。。。という意味では有意義なことなんじゃないかと思います。

自死という選択を一方的に否定する、あるいは肯定する。。。というわけではなく、それ自体にきちんと目を向けて、様々な角度から冷静な議論を交わすという点において。

 

また

安楽死の問題も含め、自死の問題を議論する際に結局は「残る側の人」からみてどうなのか。。。っていうことは活発に語れても「去る側の人」の意見はなかなか語りえない、という問題もあるかと思います。

カート・コバーンではないですけど、実際にその立場になってみないと結局はわからないことですからね。

 

 

だからあえて今日こんなこと書いてる。。。てのもあるんだと思います。

 

 

。。。もうカート・コバーンもNIRVANAも関係ありませんが(笑)

 

自ら命を終わらせるという状況。

ここからはちょっとリアルで重い話なので、苦手な方は次の段落まですっとばすか、ここでページを閉じましょう。

 

ただ

こんだけ自死の話を偉そうに語ってるには理由があって。

 

 

ジャッジや議論する前に

 

「じゃあ自ら死を選ぶときの気持ちってなんなのか。。。。」

 

 

っていうことに一度フォーカスしてみる、ということを再度考えてみたかったからです。

 

 

 

まぁ正直に言うと、自分がかつてそういう選択を何度か選んだ事があるので書いてるわけです。

 

これは文字だけであーだこーだ言ってる話じゃなくて

自分のリアルな経験をもとに再度この「自死」ということについて考え直してみよう。。。という話なわけです。

 

 

細かくはかけませんが。

 

服薬で一回。

縊頸で一回。

 

いずれも死にかけたくせに、何故か生き返って今こうしてブログを書いています。。。

 

 

断っておきますが、こんな経験は決して自慢できることじゃないです。

自慢する気もありません。

そして無論、誰にも勧める気もありません。

 

 

 

ただ。。。唯一その時の気持ちだけはわかるつもりではいます。

 

 

 

悩み、考え抜いた挙げ句に最後にのこった選択が「死」しかないように思えた。。。

 

という状況は、生きている以上どんな人にも起こり得ることかもしれません。

 

たとえば問題が自分のキャパを超え、あまりにも大きく重くとうてい手に負えない。。。もう詰んだ。。。と感じたときなど。

強制終了してしまうしかない。。。と思う可能性もなくはないわけです。

 

 

生きるよりも死ぬほうが希望に見える時が人生に訪れないとは決して言い切れません。

。。。誰にでも。

 

だから

自分には関係ない!とか

そんなの、だらしないだけだ。。。とか思わずに、自分自身の問題として考えてみるというのも人生では大切なことかな。。。と思うわけです。

繰り返して言いますけど、決して自死を肯定するわけでも否定するわけでも、はたまた勧めているわけでもなければ自慢しているわけでもありません。

 

そう言うところを経験したからこそ、真面目に考えてみたいな。。。ということです。

 

結局、自死ってなんなのか。

自ら命を終えるという選択に対して、一方的にジャッジすることはできないな。。。というのが今の正直な気持ちです。

 

悩んだ挙げ句に導き出された選択ならば仕方ないのかな。。。といった諦めのような気持ちも正直あります。

 

 

センシティブな話をしているのを承知で書いていますが

 

物事って木みたいなもので

こちら側から見るのとあちら側から見るのでは見え方が全然違ったりするわけです。

 

自ら命の活動を終わりにする、という問題もこれと同じで。

肯定否定両方の意見があっていいのではないか。。。と今は思っています。

 

極論で一方的かもですが、死ぬ方の気持ちなんてその立場になってみなきゃわかんない訳です。

いくら周りが何を言ったって、一番しんどいのは死を選んだ本人です。

それしかもう扉がない。。。という状況にまで追い込まれてるわけですからね。

精神的なものにしても、肉体的なものや経済的なものにしても。

そういう状況、他人がやすやすと想像して同調できるなら自殺がこの世から無くなってるか、あるいは自殺があたりまえかのどちらかな世界になってるかだと思います。

 

それぐらい、わかっているようで人の気持ちはわからない。。。ということです。

 

 

 

実は親しい友人を自死で亡くしたこともあります。

 

そのときは、一体どんな思いでそこに至ったのだろう。。。とあれこれ思い巡らせてみましたが、残念ながら到底自分にはわかりませんでした。

なんとなくわかるな。。。ああ、そうだよね。。。

ぐらいには思えても、本人のその時の気持ちなんてどうやったって他人にはわからないものなんだなぁ。。。という無力感とともに泣きました。

 

結局。。。と言ってしまっては身もふたもないですが。

はたから見たらどうでもいいようなことだとしても、本人にとっては自らの存在の是非を問うまでの問題であったりもするわけです。

 

その、スイッチを押すか押さないかのギリギリのはざまを散々悩んで苦しんで自分でもがいて出た結論が、自ら終りを迎える。。。というのなら、一体周りはそれに対して常識や感情論、まして宗教規範などを持ち出してジャッジするというのは妥当なのか。。。。

自死の正否を問う前に一体自分にはどれだけその「自死を選ばざるを得なかった人」の気持ちに寄り添えるのか。。。

 

 

自分で何度か死のうとしといて言うのもなんですが。

 

とても考えてしまいます。

 

 

 

こうやって書くと、まるで自死を肯定しているかのように思われるかもしれませんが、そんな事は決してありません

 

繰り返しになりますが、ぼくはその正否に対しては今はなんとも言い切れないな。。。というのが正直なところです。

否定も肯定もできません。

 

 

いや、むしろ正しいか否か。。。という種類の議論ではないかもしれません。

だからこの問題についてはジャッジするのではなく、残る側の気持ちとともに、去る側もどうしてそう選択せざるを得なかったのか。。。を改めて考えてみるという作業をしてみたかったわけです。

 

 

 

人の死。。。というのはあまりに重くて辛いものなので、普段あまりフォーカスされることがないテーマでもあります。(一部、宗教的なものや慣習などから死にたいする抵抗があまりない世界もあります。。。。少数ではありますが)

 

それが「自死」ともなればなおのこと。

 

決して安易な気持ちで語れるテーマではありませんが。

人が死ぬ。。。ということは絶対避けては通れないことです。

 

だからこそ、一度ぐらい真剣に向き合うことも必要なテーマんじゃないかな。。。。と。

 

 

結局結論は出せないままですが。。。

 

カート・コバーンの気持ちもわかんなくないかなぁ。。。というところです。

 

アドラーではこんがらかってしまったぼくが、ちょっとヒントを貰った一冊。

 

アドラーも、何度か読んだらそれなりに人生を切り開くヒントにはなりうるかも。

 

ツインソウルと無条件の愛。

なんか書き残しておきたかったので、このブログの趣旨とだいぶそれるけど書いておく。

 

巷でこの数年騒がれてるツインソウル、ツインレイとかそう言う話。

魂のつながりだとかなんとか。

 

 

それ自体は、あると思うよ。

魂でつながってる人。

もともと人って人形の器に入った魂だからね。

肉体はただの器。

いろいろ学ぶためにその器に入って地球に降りてくる。

何度も何度もそうやって学んでは魂に帰り、また学びに戻ってくる。

 

学びたいことをある程度学ぶと、最終的には愛を学びにやってくる。

 

愛ったってこの世にはいろんな愛がある。

それのどれもが正解で、愛の形なんだろうけど。

 

我々が愛だと思ってるもののほとんどが実は「エゴ」だ。

 

与えるのも思いやるのも実はエゴだったりする。

 

そんなものを手探りで学び、一個一個ハートに焼き付けながら学んでくんだから効率が悪いっちゃあ悪いな。

でもそう言うふうにしか学べないのでこれは仕方ない。

人間は日々そんなことを繰り返している。

 

 

一番わかり易いのが恋愛だ。

 

こればっかりはね

ものすごくファンダメンタルな部分で感情を揺さぶられるから魂としては学びやすい。

代替えきかないもの。

 

まぁ

世の中には形だけの恋愛ごっこや体を重ねるだけで満足してる人達もいるけど

そう言う人達はまだ「愛」の学びに達していない魂なのだよね。

まだまだ、エゴや物理世界を経験して、成長していく過程。

 

 

最終的に、魂が学ぶのが「無条件の愛」。

 

言葉でいうと簡単だけどね。

 

無条件、ということは見返りを求めないこと。

相手がどう反応しようがどう生きようが

それらをまるごと受け入れられるか、っていう話。

 

わかりやすいケースは

相手が自分を捨てて別の人と結婚してしまったとしても

それを祝福できますか、ってこと。

 

相手の選択を尊重して、相手の幸せを一緒に祝えるようになったらそれこそ無条件の愛クリヤだわ。

 

なかなかそこまで達せれる人いないと思うけどね。

大抵は心が折れる。

心が折れまくって相手を憎んだり、拒絶したり、あるいは他人のせいとか相手のせいにして自分を正当化するので精一杯だと思う。

 

どんな過酷な現実でもそれを在るがまま受け入れられるか?

 

がツインレイの課題なのであって、決してラブラブいちゃいちゃ。。。ではないのだよっていうこと。

 

もちろんそう言う風になる組もあるだろうけど。

まずは学びなので。

なんかすんげー好きな相手に出会った!ツインかも!

とか言ってるおめでたい人いっぱいいるけども。。。

まー、それはそれでいいのかな。

本人が幸せなら。

 

。。。それも無条件の愛だよねw

まぁアイツラがそれで納得してんならいいか。。っていう。

 

 

 

全力の拒絶も絶対な拒否も、全て相手の意志として尊重する気持ちになれたら、たとえ一緒になれなくてもそれはとても大きな学びをもらったんだと思うけどね。

それこそ本当の魂の学び合う相手だったのだろうね。

決して交わることのない道でも、お互いに今生で忘れることのできないほどの痛みを残しても。

他の魂では学びえなかったものを教えてくれたたった一つの魂。

この世にたくさんいる人間の中で、たった一人だけ。

たったその一人だけが教えてくれた、大切な大切な学び。

 

 

 

よく「統合」ってうけどね。

 

二人が一緒に暮らすとか一緒になることではなくて

 

相手が残してくれたその大きな学びにある時お互いが気づいて

あるがままの現実を受け入れることができると感謝が生まれる。

 

その瞬間が「統合」なんじゃないかと思うね。

 

 

。。。まぁ、それに気づいた頃には相手はもう地球を「卒業」しているかもしれないけどね。

 

だから

命あるうちに気づけるのはとても感謝なことなんだろうと思う。

 

 

なんか書いておきたかったから書いといた。

 

必要な人に届けばありがたい。

 

 

 

 

いつかこの学びに気づいたときに、笑顔でありがとうが言えるように。。。

 

 

 

幸せになるのだよ。

ゴールデンウイーク真っ最中。さすらってみたり、YouTubeあげたり。

どうもまいど。

ゴールデンウイーク真っ最中昨今。みなさまいかがお過ごしでせうか。

 

 

とりまえず、さすらう。

一人で工場にいるのも最近飽きたので、数日間さすらってきました。

 

とりたててどこに向かうなどは決めずに、テキトーに。

ゴールデンウイーク前半は天気が悪かったせいかそんなに人でいっぱい。。。ってほどでもなかったです。

まぁ行く場所にもよるんでしょうけど。

 

 

やっぱり思いついた時にふらっと旅に出れるっていうのは、ぼくの人生にとっては大事です。

人って一つ所にこもっていると、いつしか世界が広かったことを忘れてしまったり、自分の知っていることだけで物事を判断しようとしてしまいがちなので。

時々無理矢理でも旅に出たり知らない場所を訪れるのはいい学びとリセットになります。

旅もいろんなスタイルがあるので。。。多くの人にいろんな旅の楽しさを伝えられたらいいなぁ。。。と思う今日この頃。

 

連休後半は、YouTube。

工場には帰らずに、久しぶりに自宅へ戻ってきて。

ずっとサボってたYouTubeに動画を上げました。

忘備録にとっていた写真をただ並べただけですが。。。

 

 

今思えばまぁよくもこんなことやったもんです。。。

我ながら感心しますw

 

シメはやっぱり。

時々食べたくなる、こうゆうもの。

逆に最近甘いケーキとかパフェとかを受け付けない体になってしまいましたw

塩っ辛いものと酒。。。というおっさんのような食生活ww

まぁ

それも肉体のあるうちだけの楽しみってことで。

 

ちなみにぼくは一人で静かにのんびり飲むのが好きなタイプです。

スムースジャズとかかけながら、歴史なんかの動画見ながら朝までさんぴん茶割り。。。そんなスタイルがリラックスできるのでいいんですw

 

連休後半、みなさまもステキな時間をお過ごしください。

 

 

 

にふぇーでーびたん。